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名古屋地方裁判所 昭和61年(ワ)1161号 判決

原告 株式会社コメ兵

右代表者代表取締役 石原秀郎

右訴訟代理人弁護士 後藤武夫

被告 吉田興業株式会社

右代表者代表取締役 吉田銑三

右訴訟代理人弁護士 松永辰男

右訴訟復代理人弁護士 小出正夫

主文

一  被告は、原告に対し、一三八一万一六二九円及びこれに対する昭和六〇年七月一八日から右完済にいたるまで、年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨の判決及び仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、和洋服・貴金属・時計・カメラ・電気器具・家具等新品・中古品及びこれらの質流品の販売等を営業目的とする株式会社であり、被告は店舗等の警備を含むビルの総合管理等を営業目的とする株式会社である。

2  契約の締結

(一) 原告と被告は、昭和五六年九月一八日、原告が被告に対して、原告の経営する名古屋市中区大須三丁目二五番三一号所在のコメ兵本店(当時は米兵本店。以下「本店」という。)の①火災の早期発見、②盗難予防、③規律の保持、④原告との業務連絡、⑤原告が指示する警備付帯事項を内容とする警備業務を委託し、かつ所定の警備料金を支払い、被告がこれを受託し、被告の右契約に基づく業務遂行中に被告の警報設備または被告の警備員の責めに帰すべき事由により原告または原告の従業員に対し損害を与えたときは、現金盗難その他財物上の損害については一事故につき最高一億円の限度でその賠償の責めに任ずること等を内容とする警備業務委託契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(二) 被告は、右契約に基づき本店内に盗難警報設備(株式会社エヌケーシー社製データソニック二〇〇〇)等(以下「本件装置」という。)を設置し、警備業務に当たっていた。

3  盗難事故の発生

昭和六〇年三月二八日未明頃、本店店舗内に窃盗犯が侵入して、右店内の宝石ケース数か所を荒らし回り、多数の宝石類を窃取した(以下右事件を「本件盗難」という。)。

4  被告の責任

(一)(1) 本件契約第三条によれば、被告は、原告に対し、盗難を防止し、財産の保全を図り、原告の円滑な運営に寄与する義務を負い、右契約に基づき本件装置が常に正常に作動するよう保守、点検等を行ない、盗難の発生を未然に防止すべき義務を負っていた。

(2) また、被告は、同時に締結された警備実施要領により原告に対し、右義務履行のために、本店内で、発生した異常事態を被告の警備本部へ自動的に通報する機能を有するアイビック・システム(自動遠方監視装置)を同店内に設置し、平日と土曜日は午後七時三〇分から翌日午前九時まで、非営業日は終日、同装置を作動させて警備し、警備本部において、管制担当者を定めて、警備責任時間中警備受信装置を間断なく監視し、常にパトロールカーとの連絡を保つ等の作為義務を負っていた。

(3) そして、被告が本件契約に基づき警備すべき範囲については、右契約締結時に被告から図面の提示がなかったので、被告は原告の本店店舗内全般につき、被告の警備業務について免責される範囲はない契約を結んだ。

かりに、そうでないとしても、被告は少なくとも、警備業務の専門家として有すべき知識と経験に基づき本店店舗内における商品陳列部分を、使用する警報機器の能力のすべてを用いて警備すべき義務を負っていた。

(二) ところが、次に示す通り、被告は右義務に反し、必要な機能を果たさない本件装置をただ漫然と形式的に設置していたに過ぎず、ために本件盗難を探知することができず、これによって原告に後記5記載の損害を蒙らせた。

(1) すなわち、本件店内の本件装置は、本件盗難前夜の午後八時三〇分頃、原告の従業員により完全にセットされており、右窃盗犯人が本店内を相当な範囲内で動き回っている当夜の犯行状況に照らせば、右装置に瑕疵がない限り右窃盗行為は当然探知され、被告において適切な処置が取り得てしかるべきであった。

(2) しかるに、本件装置のセンサーがその高感度のために、しばしば誤報を発し、そのたびに被告の係員が本店に赴かなければならない煩わしさを避けるため、本件装置のセンサーの感応すべき範囲を故意に絞り込んで、センサーとしての機能を全く果たさない状態にしたため、右装置は、右窃盗犯人の行動を全く探知せず、本件盗難は、同日午前六時五〇分頃、本店の近所の人からの通報により初めて発覚し、被告は原告からの通告によりようやくこれを知り、同日午前七時半頃になって初めて担当者が来店するという有様であった。

(三) よって、被告は、原告に対し、本件契約の債務不履行により、原告が蒙った損害を賠償する責任がある。

5  損害及びその填補

(一) 原告は、本店内のショーケース内に多数の宝石類を保管展示していたところ、本件盗難によってプラチナダイヤリング、プラチナペンダント、18金ブレスレット、プラチナサファイヤ等合計三一一点、金額にして三四二六万八七六五円(仕入原価に加工賃を加えた額で、逸失利益を含まない額)相当を窃取され、右同額以上の損害を蒙った(その内訳は、別紙盗難商品金額内訳の通り)。

(二) 原告は、在庫品につき一部盗難保険を掛けていたために、右盗難による損害の内金二〇四五万七一三六円に対し、保険金及び見舞い金の給付を受けたので、原告が右盗難により蒙った損害は、結局右保険金等によって填補されなかった合計一三八一万一六二九円となった。

6  原告は、被告に対し、昭和六〇年七月一日付、同月二日到達の内容証明郵便をもって、右損害金相当額の賠償金の支払を同月一七日までになすよう催告した。

7  よって、原告は被告に対し、前記損害金相当額の賠償金一三八一万一六二九円及びこれに対する右催告期限の翌日である昭和六〇年七月一八日から右支払済にいたるまで、商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1、2は認める。

2  同3は不知。

3(一)(1) 同4の(一)のうち、本件契約や警備実施要領に原告主張のような記載のあることは認めるが、その余は否認する。

(2) 本件盗難は、本件装置のセンサーの特性を知悉した犯人がセンサーの感応を受けない場所を行動した結果の不可抗力によるものであり、右装置は正常に作動していたものであり、装置自体にも、その管理にもなんの欠陥や手落ちもなかった。

(二)(1) 同4の(二)の(1)のうち、本件装置が昭和六〇年三月二七日、原告従業員によってセットされたことは認める(但し、右セットの時間は同日午後八時四〇分であった。)が、その余は不知。

(2) 同4の(二)の(2)は否認する。但し、原告からの通告により、被告の当日当番警備員が原告主張の日時に本店に行ったことは認める。

(三) 同4の(三)は否認する。

4  同5は不知。

5  同6は認める。

第三《証拠省略》

理由

一  請求の原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  盗難事故の発生

1  《証拠省略》によれば、昭和六〇年三月二八日未明頃、本店内に窃盗犯人が侵入し、右店内の宝石ケース数か所から多数の宝石類を窃取したことが認められ、これを覆すに足る証拠はない。

三  被告の責任

1  本件契約や警備実施要領に原告主張のような記載のあることについては、当事者間に争いがない。

2  右契約や警備実施要領によれば、被告としては、まず本件店舗内に設置された本件装置が、異常事態が発生したときには、即刻これを感知し、これを被告の警備本部へ通報することができる状態に常時置く義務があったものであり、もしこの点につき義務違反つまり過失があるときは、原告に対してこれによって生じた損害を賠償しなければならない。

3(一)  《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(1) 盗難事故のあった日の前夜の昭和六〇年三月二七日、当時原告取締役兼本店店長であった石原司郎(以下「司郎」という。)が午後八時四一分に、店舗出入口の隅にある本件装置の出退勤セットボックスで「退出」にセット(以下「セット」という。)して帰宅したこと。

(2) 翌朝、当時原告取締役兼総務課長であった石原基次(以下「基次」という。)が、午前六時二〇分頃、近隣の人からの知らせで店舗のシャッターがこじ開けられ、内側の全面ガラスが破られているのが分かり、午前六時五八分、前記出退勤セットボックスで「出勤」にセット(以下「リセット」という。)して店舗内に入り、本件盗難を発見したこと。

(3) 基次が直ちに中警察署及び被告に盗難の発生を通報したが、本件装置を司郎がセットし、基次がリセットするまでの間、被告の警備本部には右セット及びリセットの受信がなされただけであり、盗難の警報は一切受信されておらず、従って、被告の従業員も基次から通報を受けるまで盗難の事実を知らなかったこと。

(4) 基次が前記出退勤セットボックスでリセットした際、店舗内に異常があった場合に発するはずのブザーも鳴らず、その横にある異常箇所確認盤のランプも付いたままで、異常を示していなかったこと。

(5) 基次からの通報で、本店店舗に急行した被告の警備員が、被告の警備本部と連絡して、同日午前九時四七分にセットしたうえ、本件装置の機能をテストするため、警官らとともに店舗内に設置された別紙店舗内見取り図のセンサーの下周辺を歩き廻ったが、センサーが全く感応せず、その後、センサーのボリュームを調節して、午前一〇時に再びセットをして前同様のテストをしたところ、被告の警備本部が盗難警報を受信したこと。

(二)  本件盗難後、被告の従業員として本店に赴き、本件装置のチェックボックス内の回路をいったん繋げて発信できない状態にし、その後これを解除したら、すぐ盗難警報が正常に入ったとする証人伊藤彰彦、同伊藤誠二の証言(以下「彰彦証言、誠二証言」という。)があるが、《証拠省略》により、本店に伊藤彰彦、伊藤誠二らに先行した被告の警備員が警備本部と連絡して、同日午前九時四七分にセットしてセンサーのテストをしたが、同日午前一〇時〇三分に至るまでの一六分間発報されなかったこと、伊藤彰彦と同行した伊藤誠二が同日午前一〇時前に本店に向かう車中で、被告の警備本部と本店に赴いた被告の従業員が無線で交信し、発報しない旨の連絡をしているのを傍受したことが認められることに照らし、伊藤彰彦、伊藤誠二らが、当日行なわれたテストに最初から関与したとは認められないから、右証言により右認定を覆すことはできず、他にこれを覆すに足る証拠はない。

(三)  右認定の事実によれば、本件盗難事故当時、窃盗犯人が本店舗内の前記センサーの下周辺を通って宝石類が保管されている陳列ケースを物色しても、本件装置が右異常事態を感知してこれを被告の警備本部に通報することができる状態にはなかったものと認められ、被告にはこの点につき義務違反つまり過失があったことになる。

(四)  これに反し、被告としては本件装置をメーカーから納入された通りの状態で仕様書通りに正しく設置し、センサーのボリュームを警備業界で通常に設定されているMAXとMINの間を三等分した点とMAXとの間の範囲内で設定し、本件盗難事故当時、本件装置が正常に作動していたにもかかわらず、センサーから発せられる超音波が、店舗内のパーティーション、黄ビラ、ワゴン車などに遮られ、右装置の機能や超音波の死角を知り尽くした窃盗のプロが超音波の死角を利用して行動したため、センサーで感知できなかったものであり、本件盗難が被告の責めに帰すべき事由により生じたものではないとする被告の主張は、次に示す通り認められない。

(1) まず、本件盗難事故当時、本店舗内に黄ビラが吊られていたとする彰彦、誠二の証言は、《証拠省略》に照らし採用できない。

(2) 次に、《証拠省略》によれば、店舗内にワゴン車があったが、いずれも客の通路側(陳列ケースの外側)に置かれ、その高さは約七六ないし八三センチメートルであり、これに対し、陳列ケースの高さは約七六ないし一一〇センチメートルであったこと、昭和五八年八月、本店舗内にパーティーションが設置されたが、その後本件盗難事故に至るまで、三か月に一度程度本件装置を点検していた被告従業員から原告に対し、右パーティーション等によりセンサーの機能が阻害されるという注意がされた事実がなかったこと及び検証の際、センサーのボリュームをMAXにしたときは勿論のこと、被告が本件盗難当時調節をしたと主張するボリュームでも、その範囲には差異があったものの、人の動きに感応したことが認められ、右ワゴン車やパーティーションにより本件装置のセンサーが本件窃盗犯人の行為を感知できなかったものとは認められない。

(3) さらに、前記の通り、被告は、原告に対し、本件契約に基づき本件装置が常に正常に作動するよう保守、点検等を行い、盗難の発生を未然に防止すべき義務を負い、右義務履行のために、本店舗内で発生した異常事態を被告の警備本部へ自動的に通報する機能を有する装置を設置しなければならなかったのであるから、これを設置するに当たって、右義務が最も有効に履行できるように、監視すべき建物の範囲、状況に応じ、センサーの数、位置、角度、ボリューム等を設計、調節して、設置し、かつ管理すべきものであり(事実、《証拠省略》によれば、通常、右状況を考慮してセンサーの配置を設計するという。)単にメーカーから納入された状態で設置しただけでは、被告の義務を完全に履行したことにはならず、被告としては、常時右装置の機能が維持されているか否かを点検し、かつ右機能を阻害するものがあれば、みずからまたは原告に指示して、これを取り除くべき処置を講じなければならなかったところ、右処置や原告に対する指示がなされたと認めるに足りる証拠はないから、仮に店舗内のパーティーション、黄ビラ、ワゴン車などがセンサーの障害になり得たとしても、これによって被告が責任を免れるものではない。

(4) また、本件装置が正常に作動していたとの主張も、これをセンサーが最大限に作動していたとの趣旨と解するなら、《証拠省略》によれば、本件装置のセンサーのボリュームの調節が可能であり、そのボリュームの如何により感知の範囲が著しく異なるところ、本件盗難事故当時、少なくともMAXとMINの中間点とMAXとの間を三等分した中間部分、またはMAXとMINの間を三等分した点とMAXとの間の範囲内にボリュームを絞っていたことが認められるから、本件盗難事故当時、本件装置のセンサーが異常を感知するための最大限の機能を発揮して作動していたとは認められない(被告は、前記のボリュームは、警備業界で通常に設定されている程度であるとし、《証拠省略》によれば、ボリュームを最大限にすれば誤報が生じることが多くなり得ることが認められるが、前記の通り、センサーは、監視すべき建物の範囲、状況に応じ、ボリュームの調節をすべきものであるから、業界で通常設定しているボリュームが本件店舗の監視のために必ずしも有効であるとは云えず、また誤報を避けるためにボリュームを絞ることが許されるものではない。)から理由がない。

(5) 窃盗犯人が右センサーの死角を巧みに潜りぬけて行動したとの主張も、通常の人間の五感によって感知し得ない音波を発するセンサーの死角を本件窃盗犯人がいかなる方法で感知できるのか全く不明であり、その他本件全証拠によっても、窃盗犯人が右のように行動したと認める証拠がないから理由がない。

(五)  その他、本件窃盗行為が不可抗力等、被告の責めに帰し得ない事由により感知できず、従って、警報も発することができなかったものと認めるに足る証拠はない。

4  そして、《証拠省略》によれば、本件装置のセンサーが本店店舗内の異常を感知したときは、即刻被告の警備本部に警報が発信され、これを受信した被告の警備員や、警備実施要領に基づき、被告から直ちに電話連絡を受けた本件盗難当時、右店舗建物の四階に住んでいた基次ら原告の従業員らが右店舗に急行して、盗難を未然に防止し得たものと認められるから、被告の前記本件装置に関する義務違反によって本件盗難が生じてしまったものと認められる。

5  よって、被告は、原告に対し、本件盗難によって原告が蒙った損害を支払うべき義務がある。

四  損害及びその填補

1(一)  《証拠省略》によれば、本件盗難によって、原告が本店のショーケース内に保管展示していた別紙盗難商品金額内訳記載の通りの、プラチナダイヤリング、プラチナペンダント、18金ブレスレット、プラチナサファイヤ等合計一一九〇点、三四二六万八七六五円(仕入原価に加工賃、鑑定料を加えた額)相当の宝石類を窃取されたことが認められ、これに前記の通り、原告は貴金属類等の新品・中古品及びこれらの質流品の販売等を営業目的としている会社であるから、仕入原価に加工賃、鑑定料を加えた額に相当の利潤を上乗せした価格で販売し得たことを考え合わせると、本件盗難によって原告が右同額以上の損害を蒙ったものと認められる。

(二)  《証拠省略》によれば、原告が、在庫品につき一部盗難保険を掛けていたため、右盗難による損害の内金二〇四五万七一三六円につき保険金及び見舞い金の給付を受けたことが認められる。

2  被告は、前記証拠に記載された宝石類の価格が恣意的で不正確であり、棚卸し後本件盗難以前に盗難に遭った可能性もあり、その他記載洩れ、記載ミス等があって信用できないものであると主張するが、

(一)  《証拠省略》によれば、原告が永年貴金属類の販売をしてきたものであること、本件盗難のあった昭和六〇年当時在庫貴金属が約一億円に達していたことが認められるから、右貴金属の仕入に際しても専門業者としての的確な判断のもとに市場価格や販売価格を考慮して、採算の取れる価格で買い入れているものと考えられ、そのことは前記各証拠により原告が仕入れた貴金属類の多くが仕入価格を大幅に超える価格で販売されていることが認められることからも明らかであり、原告の仕入価格が恣意的であるとも、市場価格を超えるものであるとも認められない。

(二)  また、棚卸し後本件盗難以前に盗難に遭った可能性はあっても、本件盗難以外に盗難があった事実が認められないのであるから、右主張はその前提を欠き、理由がない。

(三)  甲第一二号証の盗難の日付が誤っているのは事実であるが、それによって直ちに右証拠全体が信用できなくなるものとは考えられない。

3  その他、右認定を覆すに足りる証拠はない。

五  結論

以上によれば、原告の本訴請求はすべて理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文の通り判決する。

(裁判官 福井欣也)

〈以下省略〉

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